おひとりあゆみ

孤独でもゆったりと生きるをモットーに日々模索中

もうすぐ夏休み

もう少しで大学の前期が終わる。

目まぐるしく過ぎていった。あっという間であった。僕は何をしていたのか思い起そうとこうやって文字にしようとするも思い出せない。

 

どんな景色を見て何を聞き話したのか。すべてが薄ぼんやりとしている。

人間関係は上手くいかなかった。

こちらから声をかけてもレスポンスが悪かったり、明らかにこちらに関心のない人ばかりであった。一人で充実させようとしても周りで楽しそうにワイワイやられると徐々に空間にいるのが辛くなってくる。

あれ?自分は何をやっているんだろうという気分にさせられる。

 

講義も大した内容ではないし、無駄にレポート課題だけたくさんある。

それらをこなしてるうちに日々が過ぎていく。

疲れ切った体にできるのはネットを見ることくらい。

逸れの繰り返し。休日はだるくてひたすら横になっている。

 

あまりにも色々なものを削られてしまったので、夏は実家に帰ってゆっくりしたいと思う。

クーラーの効いた部屋で本を読んだり、空を眺めたり、蝉や風鈴の音に風情を感じたい。

誰とも会いたくないのが本音だ。気を使いすぎてしまうし、どこかぎこちなくて人とうまくやるのは無理だと感じた半期であった。

 

今日は気持ちよく晴れていた。入道雲が夏を感じさせた。どこか悲しかった。

このまま大人になると思うと不安でいっぱいである。

 

 

一日

日記的なそれ。

 

目的はアウトプット。

 

まだ蝉は鳴いてない。しかし茹だるように暑い。

6月になってからほとんど大学に足を運んでいない。必修というやつだけ出るつもりでいたがそれも果たしていない。

足が向かない理由は居心地の悪さと単純に面倒だからであり、クーラーの聞いた部屋で布団に包まる心地よさを上回る好奇な対象が外にはない。故に引きこもる。

 

最近はコンビニと家の往復くらいでしか外出していない。喉が渇いたら、おなかがすいたら、散歩がてらに、コンビニエンスで素晴らしい。

なるべく毎回食べたことないものをチョイスするようにしている。今日はセブンで新商品の台湾ラーメンを食した。普通。チルドは豚ラーメンだけでいい。不健康。背徳感。ジャンク。糖尿病。

 

今の生活は腐ってるなあと思う。クーラーは僕を腐敗させないために動いているし、大学は安全にモラトリアムを堪能するための装置としか機能していない。

 

二度寝して、アニメ見て、コンビニ行って、なにやってんだろうな。

 

特にやりたいこともない。遊ぶ金が欲しいからバイトをするのであれば共感はしないけど理解できる。大学生だからバイトしろって言うのはちょっと意味がわからないし押し付けないでほしいなぁと思う。僕はバイトしません。大学生という身分ある限りやることは無いと思う。よほど金が要りようになったら知らんけど。

幸い恋人もいないし必要以上に金のかかる趣味もないので寝てるだけ。

 

こういうこと知人に言うとアドバイスをくれるんだけど、別にそんなもの求めてないんだよね。淡々と語ってるつもりなんだけど困ってる人に見えるみたい。事実どこか不安はあるんだろうけど、改善しようとかそういうのはなんか違う、上手く説明できないけど。

 

今は腐り姫というノベルゲームをちまちま進めたりしている。

そろそろ大学に顔を出すと思うけど、出席のために行ってるのが死ぬほどバカバカしい。

親には感謝しつつも、大学を提言したのは彼らなので申し訳ないとかそういう気持ちは特にないです。ありがたいとは思う。

僕はそもそも進学に積極的ではなかったけどニートは却下されたので、大学に行くことになった。大学が物凄く無駄に感じるので、多少無理しても大学と思って4年間のニート期間を与えてもらえるよう頼んでみるべきだったかもね。

 

ちなみに卒業しても特に箔の着くような大学ではない。

 

何書きたいのかよくわからない。ネットして寝る。そいでいつか死ぬ。そんだけ。

 

 

 

 

 

 

人ともめやすい

ども

 

どこに行ってもたびたび人ともめます。僕の理念の中に面倒ごとは避けたいという思いがあり、基本的に鬱陶しいことを言われてもヘラヘラ誤魔化すのですが、ひょんなきっかけにスイッチが入ってけんか腰になってしまうことが良くある。

 

特に偉そうな人間がダメみたいで、おっさんとよくもめるんですよね。適当に機嫌とってたら人格批判や思考の批判をしだす、それでもふんふんと聞いていたら、どうにも納得いかない言葉を吐かれる、それはどうなんですかとあくまで穏やかに問い直し、そこで引いてくれればいいのですが…

たいていぶしつけな事を言ってくる人間は引きません。嫌とかでもとかいって一一反論かましてくるんですね。

そうすると礼節なんか知ったこっちゃねえとこちらも完全に喧嘩モード。絶対後で嫌な気分になるからやめたいのだけれどこれは僕が悪いのだろうか。

そんなこんなでおっさんとよくもめます。教育者が多いですね。立場を利用して我を絡めて満悦してる人が嫌いです。

思えば小中高教師と揉め、大学でも教授と揉めました。大学教授はずば抜けて偉そうで権威的なのでめちゃくちゃ苦手ナンス。

 

普通の人は揉めないように我慢するんでしょうね。僕は上手く躱せない。文字通りの我慢になってしまい耐え切れなくなり表に出てしまう。

就職なんぞしたあかつきには確実に上司と揉める事でしょう。

媚が売れない。うまく立ち回れない。しんど。

知り合いが多いのは面倒、大学の話

ちわす

 

大学で知り合いに遭遇するたびに億劫になってます。だって全く話さないから。

ただ気まずいだけの関係。個体として認識すれど、愛着なし、絆なし。そんなんいらねーよ。

そういった知り合いが面倒なことに結構いる。

僕は人嫌いだけれど、閉じてはいけないという掟があるので、興味のある人には声を掛けます。掛けますというか後先考えず情景反射的に掛けてしまう。

それで面倒な人間関係をたくさん抱え込むことになる。

ただファーストコンタクトが取れるだけで基本的に好かれるような人間でないので、嫌な形で存在を知られてしまう。

コミュニケーション不全なんだろうけど、受け身ではないと思う。維持は苦手。

そんなこんなで知り合いはドカドカ量産していきますが、仲間はできませんね。

今年はめちゃくちゃ自重してる。これ以上増やしてなるものかとあまり話しかけないようにしている。でもこれすると閉じるんだよね。

でもでも良さげな人は大事にしたい。すぐブチっちゃうから。

 

後、講義がつまらなすぎる。これは僕の大学に限った話じゃないと思うけど、講義聴いてテスト受けるだけの大学に価値なんてないと思うよ。高い金払って買ってるのは環境。人と議論したり、相互的に学べる場所なんじゃないの。

単位どうこう言ってるのがバカバカしくて嫌になる。寝ぼけ眼こすって一限行かなきゃとかダルの極み。教科書に書いてあることを間延びさせた無駄時間を出席したという印をゲットするためにえちこら大学に行く。

こんなのが続くのは御免なので六月は生活を改善します。

 

とりあえず自炊を増やしてみることにした。なんちゅうか気分がすっきりする。面倒だけど生活にメリハリが出る。あと栄養バランス。最近はアボカドが美味い。醤油とわさびでグレイト。

 

二、毎週やってるアニメを観る事。これはあのとき何をしていたと思い出すためにやってます。一気見はダメです。毎週楽しみにジョジョを見る。思い出を獲得します。

 

後はスマホイジイジを読書なり掃除なり別の時間に回すことくらいか。

 

こんなことをして根本的な解決になるのかと思うかもしれないが、でかいことをするのはエネルギーがいるのでその補給。

 

元気が出たら大学で内職します。何するかは決めていない。スマホ触る以外でなんかあったら教えてください。時間つぶしじゃなくて達成感のある内職。

 

 

ブログは窓

ぼっちを自認したほうがアクセス数伸びるのかとか考えていた。

 

ブログをやる理由の一つに閉じないというのがある。適度な交流、閉鎖的な孤独の換気。

 

似たような人を探すには、趣味とかメンタリティーとか色々なものを考慮して検索ボックスに簡素なワードをブチ込むのが手っ取り早いのかな。

 

僕がやっていることは発信なわけだけれど、レッテルというかこちらが意図して作った偏ったバイアスを通して見てもらいたくないという思いがある。

 

それを例えると、ぼっちとか~キャラとかになるのかな。

 

今のところ僕を指定するようなワードは孤独と引きこもりの二つ使ったのだけれど、孤独の味わい深さか世知辛いさまで色々含有したうえで使っているつもり。

 

そういったことを発信していけたらいいし、自分で気づいたりもしていきたい。趣味みたいなものだよね。趣味「孤独」

 

それでも好き好んで引き受けたわけじゃないところもあるから、主体的な孤独とは言えないと思う。

 

引きこもりに関してはそういった過去がある事実として提示しているだけ。今の生活は引きこもり気味ではあるが大学にも通っているので引きこもりとは言わない。学生ニートとかいう訳の分からない誤用もしない。

 

可能な限り演出は控えてやっていきたいという意思表明。私はこういう肩書がありますって言えるのも素敵な事だけれど、しばらくは無色透明な状態でやっていきたい。

 

だからなのか趣味とはっきり言えるものが無いのだが、気が向いたらアニメや映画を観たり、美少女ゲームをやったりなんかしています。いつもやってるわけじゃあないけどね。

 

結局はインターネットを通じて感覚が合いそうな人を探しているところはありますね。

 

無理に探そうとはせず発信しながら待ってみる。大切なのは閉じないこと。

 

喫茶なんかで歓談ができたら素敵だと思いつつ。

 

 

 

意思が弱い人間

世の中、意思だの理性だのといったものを過信しすぎだと思う。

前回の話を引っ張るようだけど、ひきこもり生活をすると起きる時間も飯を食べる時間も、もちろん寝る時間だって決められてないわけなんだよね。

自分を律する必要が無いから、したいときにしたいことをする。まぁ頭ボンヤリしていてそういった感情も希薄なのだけれど。

社会生活を送る上で当たり前のように行われていることを一度やめてしまうと、どうやって自身をコントロールしていたのかよく分からなくなる。

僕にはやりたいことが何もなくて、あらゆることを面倒と感じるようになってしまった。

 

引きこもる前はきちんと学校にも通っていたし、朝だって起きれていた、寝る時間も明日に備えて早く寝たりしていた。

でも今は明日早起きしなきゃいけなくて夜更かししていたらどう考えてもまずい時にだらだらとネットやったりしている。

ぼーっと何かを見る事に一日のほとんどを割いてしまうようになった。昔からバラエティ番組が倫理的に嫌いだったのだけれど、理性が弱いときは脳死でずっと見てしまうようになった。

ネットは半分依存的な所もあるが、頭を使わなくていいyoutubeとかほっといたら延々見てる。

別に面白いわけでもないのに何かを誤魔化すようにずっと見てる。

頭の片隅にやめなきゃなというかすかな意思らしきものはあるんだけど、それが表に出てこないモヤモヤぼーっと頭を腐らせている。

 

世界に立つ僕というものが限りなく薄いのだと思う。

ある一瞬は許せないことも数日たったらどうでもよくなるし、人間関係ですら簡単に遷り変る。

だから脳みそが死んだクラゲのようにぷかぷかと生きている。

感情が先に来て理性が後に来るらしいんだけど、それが分かったところでどうしようもないと思う。

カントを読んでも何も変わらないと思う。

今日はブログを書くという意思を実行したことになるのかな。

ということは僕が思いを吐露したいという“感情”がそこそこ強いということなのかもしれない。

それが分かっただけどでも僥倖。

アニメ見ようとかそういったことは思えるから、完全に死んでるわけではないんだろう。

勉強したら時間が有意義とかそういった感覚がほとんど無い。他者に褒められても特に嬉しいと思えないから自分をカスタムしてどんどん魅力ある人間にしていくとかそういう気概が無い。

将来の事を何も考えられないのは一度でも完全に生きる事を諦めてしまったからだろうな。

 

どこかこれを続けていると後悔する気がしているから、こうしてブログをはじめてみたり色々しているのでしょう。

 

 

 

昼寝が一番幸せ

引きこもり経験者あるあるなのかもしれないが、何時に起きて学校なり会社なり行かなきゃいけない状況にストレスを感じる。

~しなければならないことなんてこの世に一つもないんだ!というある種究極の自由を体感してしまうとあらゆる~しなければならない(と思わされている)事が億劫でしかたがない。

目覚ましのスヌーズをガン無視し、昼過ぎまでサボり寝転げてたのだが、これがめちゃくちゃ気持ち良い。

少し開いた窓から鳥の声と風の音が流れてくる。時たまオートバイや航空機の音も聞こえるがこれもまた良い。

眠る、というよりまどろみと呼ぶべきかもしれない。半覚醒状態なので常にふわふわとした感じ。

半袖短パンで寝ているためタオルケット肌触りも相まってパーフェクトに至福なのである(力説)

やはりサボるというのが最高ですね。あーあサボっちゃったからいかにサボり倒す方向に脳みそシフトチェンジするかがカギです。

休みの日にすればいいじゃんと思う人もいるかもしれないけど、休みはもったいない精神と月曜への不安がのしかかり全然休めたもんじゃないんだよね。

楽しいという感情がここ数年欠落しているが、昼寝は最高だった。寝たり食ったりすることにしか満足できなくなってしまった。

人間というより動物に近いですわね。ブヒブヒ。